緒論

(一)蕩減復原理
(二)復帰摂理路程
(三)復帰摂史と「私」

 

帰摂理とは、落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復していく神の理をいうのである。前編でに論証したように、人間は長成期の完成級において落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。したがって、このような人間を復するためには、まず、サタンを分立する理をなさらなくてはならないのである。しかし、にキリスト論において詳しく論じたように、落人間がサタンを分立して、落以前の本然の人間として復するには、原罪を取り除かなければならない。ところで、この原罪は、人間が、そのの父母としてられるメシヤによって重生されるのでなければ、取り除くことはできないのである。それゆえに、落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復した型を備えた基台の上でメシヤを迎え、重生することによって、アダムとエバの落以前の立場を復したのち、メシヤにって更に成長し、そこで初めて創造目的を完成することができるのである。このように復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の理であるから、どこまでも原理によって理されなければならない。それゆえに、これを復原理というのである。はここにおいて、復帰摂理がどのようにして成就されるかということについて調べてみることにしよう。

(一)蕩減復原理
(1)蕩減復
蕩減復原理にする問題を論ずる前に、我はまず、人間がその落によって、神とサタンとの間において、どのような立場におかれるようになったかということを知らなければならない。、人間始祖が落しないで完成し、神と心情において一体となることができたならば、彼らは神のみにして生活する立場におかれるはずであった。しかし、彼らは落してサタンと血縁関係を結んだので、一方ではまた、サタンとも対応しなければならない立場におかれるようになったのである。したがって落直後、まだ原罪だけがあり、他の善行も行も行わなかったアダムとエバは、神とも、またサタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。それゆえ、アダムとエバの子孫たちもまた、そのような中間位置におかれるようになったのである。したがって、落社において、イエスを信じなかった人でも、良心的な生活をした人は、このような中間位置にいるわけであるから、サタンは彼を地獄に連れていくことはできない。しかし、いくら良心的な生活をした人でも、その人がイエスを信じない限りは、神もまた、彼を園に連れていくことはできないのである。それゆえにこのような人は、界に行っても、園でも地獄でもない中間界にとどまるようになるのである。
それでは、このような中間位置にいる落人間を、神はどのようにしたらサタンから分立させることができるであろうか。サタンは元、血統的な因をもって落した人間に対応しているのであるから、あくまでも人間自身が、神の前に出ることのできる一つの件を立てない限り、無件に彼を天の側に復させることはできないのである。一方においてサタンも、これまた人間の創造主が神であることを熟知しているので、落人間自身に再びサタンが侵入できる一つの件が成立しない限りは、かかる人間を無件に奪っていくことはできないのである。それゆえ、落人間は彼自身が善なる件を立てたときには天の側に、なる件を立てたときにはサタンの側に分立される。
アダムの家庭はこのような中間位置にいたので、神は彼らに供え物をささげるように命じられたのである。その理由は、神が彼らをして、供え物をそのみ意にかなうようにささげさせることによって、復帰摂理をなし得る立場に彼らを立たせようという目的があったからである。しかし、カインがアベルを殺害することによって、かえってサタンが彼らに侵入し得る件が成立したのであった。神が落人間たちにイエスを送られたのも、彼らにイエスを信じさせて、天の側に立つようにさせるためであった。ところが、そのみ旨とは反に、彼らがイエスを信じなかったので、然そのままサタンの側にとどまらざるを得なかったのである。イエスが救い主であられると同時に、審判主でもあられる理由ははここにある。
それでは、「蕩減復」というのはどういう意味なのであろうか。どのようなものであっても、その本の位置と態を失ったとき、それらを本の位置と態にまで復しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの件を立てなければならない。このような件を立てることを「蕩減」というのである。例をげれば、失った名、地位、健康などを原どおりに回復させるためには、必ずそこに、その必要を埋める努力とか財力などの件を立てなければならない。また、互いに愛しあっていた二人の人間が、何かのはずみで憎みあうようになったとすれば、このような態から再び、互いに愛しあっていた元の態に復するためには、彼らは必ず、お互いに謝罪しあうなどのある件を立てなければならないのである。このように、落によって創造本然の位置と態から離れるようになってしまった人間が、再びその本然の位置と態を復しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足るある件を立てなければならない。落人間がこのような件を立てて、創造本然の位置と態へと再びっていくことを「蕩減復」といい、蕩減復のために立てる件のことを「蕩減件」というのである。そして、このように蕩減件を立て、創造本然の人間に復していく理のことを「蕩減復帰摂理」というのである。
それでは、蕩減件はどの程度に立てなければならないのだろうか。この問いにして、我は次のような三つの種類のものを取りあげることができる。その第一は、同一のものをもって蕩減件を立てることである。これは、失った本然の位置と態と同一なる値の件を立てることによって、原へと復することをいうのである。例えば、報償とか還償と呼ばれるものが、これにする。出エジプト記二一章23節から25節に、「命には命、目には目、には、手には手、足には足……をもって償わなければならない」とあるみ言は、とりもなおさずこのような蕩減件を立てることを意味するのである。
第二は、より小さいものをもって蕩減件を立てる場合である。これは本然の位置と態から失われたものよりも、もっと小さい値の蕩減件を立てることによって、原へと復することを意味するのである。例をげれば、ある債務者が多額の負債を負っているとき、その債者の好意によって、その中の一部の少額だけを返することをもって、負債の全額を算したと見なすことがある。このような場合が、すなわちこれに該するのである。この原則によって、は十字架の代贖を「信ずる」というごく小さな蕩減件を立てることにより、イエスと同一の死をて再び生きたという件を立てたと見なされて、救いの大いなる恩を受けるようになるのである。また、我滴の水を頭の上から注がれ、洗を受けたという蕩減件を立てることにより、イエスと聖によって重生したという立場を復することができるのである。このほかにも、聖餐式において一切れのパンと、一杯のぶどう酒をとるだけで、我はイエスの聖体を食べたという、より大きな値の恩を受けるのである。このような例は、みなこれに該するということができる。
第三には、より大きなものをもって蕩減件を立てる場合である。これは、小さい値をもって蕩減件を立てるのに失敗したとき、それよりも大きな値の蕩減件を再び立てて、原へと復する場合をいう。例えば、アブラハムは鳩と羊と雌牛とをささげる祭において失敗をしたため、彼の蕩減件は加重され、一人息子のイサクを供え物として、ささげるようになった。また、モセのときには、イスラエル民族が四十日の偵察期間を、天のみ意にかなうように立てることができなかったために、その蕩減件が加重され、彼らは一日を一年として計算した四十年間を、荒野において流浪しなければならなかったのである(民一四34)。
それではどうして、蕩減件を再び立てるときには、より大きい件を立てなければならないのであろうか。それは、ある理的中心人物が蕩減件を再び立てるときには、彼が立てなければならない元の蕩減件と共に、彼以前の人物たちの失敗による蕩減件までも付け加えて立てなければならないためである。
つぎに、我が知らなければならないことは、蕩減件をどのような方法で立てるかという問題である。どのようなものであっても、本の位置と態から離れた立場から原へと復するためには、それらから離れるようになった路と反路をたどることによって蕩減件を立てなければならない。例えば、イスラエルの選民たちは、イエスを憎んで、彼を十字架につけたために罰を受けるようになったが、彼らがそのような立場から再び救いを受けて、選民の立場を復するためには、以前とは反にイエスを愛し、彼のために自ら十字架を負うてついていくというところまで進まなければならないのである(ルカ一四27)。キリストが殉の宗となった原因はにここにある。人間が神のみ旨に反して落することによって神を悲しませたのであるから、これを蕩減復するためには、これと反に、我が神のみ旨にって実践することにより、創造本然の人間として復し、神を慰してあげなければならないのである。初めのアダムが神に背くことによって、その子孫たちはサタンの側にするようになってしまった。したがって、後のアダムとしてられるイエスが、人類をサタンの側より神の側へと復するためには、神から見捨てられる立場にあっても、なお自ら進んで神に侍り奉らなければならなかったのである。神が十字架にかけられたイエスを見捨てられたのは、このような理由に基づくものであった(マタイ二七46)。このような角度から見れば、家の刑法も、罪を犯した人間たちに罰をえ、その家の安寧と秩序とを原どおりに維持するための蕩減件を立てる、一つの方法であるということができるのである。
それでは、このような蕩減件はだれが立てなければならないのであろうか。に、創造原理において明らかにしたように、人間はあくまでも自分の責任分担を全うすることによって完成し、天使までも主管しなければならなかったのである。しかし、人間始祖がその責任分担を全うすることができなかったために、逆にサタンの主管を受けなければならない立場にってしまった。それゆえに、人間がサタンの主管をして、逆にサタンを主管し得る立場に復するためには、人間の責任分担としてそれに必要な蕩減件を、あくまでも人間自身が立てなければならないのである。

(2)メシヤのための基台
メシヤは人類のの父母としてられなければならない。彼が人類のの父母としてられなければならない理由は、落した父母から生まれた人類を重生させ、その原罪を贖ってくださらなければならないからである(前編第七章第四節(一)(1))。したがって、落人間が創造本然の人間に復するためには、「メシヤのための基台」を完成した基台の上でメシヤを迎え、原罪を取り除かなければならない。
それでは、落人間が「メシヤのための基台」を造成するためには、いかなる蕩減件を立てなければならないのであろうか。これを知るためには、元アダムが、どのような路によって創造目的を成就し得なくなったのであるかということを、まず知らなければならない。なぜなら蕩減件は、本然の位置と態を失うようになった路と反路をたどって立てなければならないからである。
アダムが創造目的を完成するためには、二つの件を立てなければならなかった。その第一件は「信仰基台」を造成することであったが、ここにおいては、もちろんアダムが「信仰基台」を造成する人物にならなければならなかったのである。その「信仰基台」を造成するための件として、彼は善の果を食べてはならないと言われた神のみ言を守るべきであり、さらに、この信仰件を立てて、その責任分担を完遂するところの成長期間をなければならなかった。そうして、この成長期間はによって決定づけられていくものであるがゆえに、結局この期間は、を完成する期間であるということもできるのである。
一方、アダムが創造目的を完成するために立てなければならなかった第二の件は、彼が「体基台」を造成することであった。アダムが神のみ言を信じ、それに順にって、その成長期間を完全に全うすることにより「信仰基台」を立てることができたならば、彼はその基台の上で神と一体となり、「体基台」を造成することによって、創造本性を完成した、み言の「完成体」となり得たはずであった(ヨハネ一14)。アダムがこのような「完成体」となったとき、初めて彼は、神の第一祝福であった個性完成者となることができたはずである。もし、アダムが落しなかったならば、彼は前述したとおりの路によって創造目的を完成したはずであったから、落人間もまた「メシヤのための基台」を造成するためには、それと同じ路をたどって、次に述べるような「信仰基台」を立て、その基台の上で、「体基台」をつくらなければならないのである。
①信仰基台
アダムは神のみ言を信じないで落してしまったので、「信仰基台」をつくることができなかった。したがって、彼はみ言の「完成体」となることができなかったので、創造目的を達成することができなかったのである。それゆえに、落人間が創造目的を成就し得る基準を復するためには、まず初めに、人間始祖が立てることのできなかった、その「信仰基台」を蕩減復しなければならない。そしてその「信仰基台」を復するためには、次のような三種類の蕩減件を立てなければならないのである。
第一には、そのための「中心人物」がいなければならない。アダムが「信仰基台」を立てる人物となることができずに落してしまったので、それ以後今日に至るまで、神は「信仰基台」を復し得る中心人物を探し求めてこられたのである。落したアダムの家庭において、カインとアベルをして供え物をささげるようにされたのも、このような中心人物を探し求めるためであったし、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モセ、そして列王たちと洗ヨハネなどを召命されたのも、は彼らをこのような中心人物として立てるためであった。
その第二は、そのための「件物」を立てなければならないということである。アダムは「信仰基台」をつくるための件として下さった神のみ言を信じなかったために、それを失ってしまった。このように、落した人間は、「信仰基台」を復するための神のみ言を、直接には受けられない位置にまで落ちてしまったので、そのみ言の代わりとなる件物が必要となったのである。そして、落した人間は、万物よりも劣る立場におかれるようになったので(エレミヤ一七9)、約以前の時代においては、供え物、あるいは、その供え物を代表する箱舟などの万物を件物として立て、「信仰基台」をつくるようになったのである。それゆえに「信仰基台」は、人間の不信によってサタンの侵入を受けた万物を復する基台ともなるのである。そして、約時代においては律法のみ言、あるいはそれを代表する契約の箱、神殿、中心人物などが、この基台を造成するための件物であった。また、新約時代においては福音のみ言、さらには、そのみ言の体たるイエスが、「信仰基台」造成のための件物であったのである。人間が落したのちにおけるこのような件物は、人間の側から見れば、それは「信仰基台」を復するためのものであるが、神の側から見るときには、それはどこまでも所有を決定するためのものであったのである。
その第三は、そのために「理的な蕩減期間」を、立てなければならないということである。それでは、この理的なによる蕩減期間がなぜ存在しなければならないのであるか、また、どのような理的なの蕩減期間を立てなければならないかという問題は、便宜上、後編の第三章第二節(四)において詳しく取り扱うことにした。
体基台
落人間が創造目的を完成するためには、「信仰基台」を復した基台の上で、過去に人間始祖が成就し得なかった「完成体」を成就しなければならない。しかし、落人間は、どこまでもメシヤを通して原罪を取り除かなければ「完成体」となることはできない。ところで落人間は、上述した「信仰基台」を蕩減復した基台の上で、「体基台」を立てることによって成就される「メシヤのための基台」があって、初めてその上でメシヤを迎えることができるのである。落人間は、このようにしてメシヤを迎えて原罪を取り除き、人間始祖の落以前の立場に復したのちに、神の心情を中心としてメシヤと一体となり、人間始祖が落したためみ得ず取りされた成長期間を、全部全うして初めて「完成体」となることができるのである。一方、「体基台」を立てる場合においても、落人間が立てなければならないある蕩減件が必要である。それがすなわち、「落性をぐための蕩減件」である。人間始祖は落して原罪をもつようになるにって、創造本性を完成することができず、落性本性をもつようになった。ゆえに、落人間がメシヤを迎えて、原罪を取り除き、創造本性を復するための「体基台」を立てるためには、まずその「落性をぐための蕩減件」を立てなければならないのである。この件をどのようにして立てるかということにしては、後編第一章第一節(二)において論ずることにする。

(二)復帰摂理路程
(1)帰摂理路程の時代的段階
ここでは、アダム以後今日に至るまでの全史路程における、時代的段階について概観してみることにしよう。落人間をして、「メシヤのための基台」を立てるようにし、その基台の上でメシヤを迎えさせることにより、創造目的を完成しようとした神の理は、にアダムの家庭から始められたのであった。しかし、カインがアベルを殺害することによって、その理の目的は挫折してしまい、その後十代をて、その理の目的は、再びノアの家庭にり移されたのである。四十日の洪水をもっての世代を審判なさったのは、ノアの家庭を中心として「メシヤのための家庭的基台」を立てさせ、その基台の上にメシヤを送ることによって、復帰摂理を完遂させるためであった。しかし、ノアの次子ハムの落行によって、ノアの家庭と箱舟を立てるために聖別した十代と四十日をサタンに奪われてしまった。しかし、これらを再び天の側に蕩減復する期間、すなわち四〇〇年をたのち、理の目的は再びアブラハムにり移されたのである。それゆえに、もしアブラハムが「メシヤのための家庭的基台」を、み旨にかなうように立て得たならば、その基台を中心として「メシヤのための民族的基台」を造成して、その基台の上でメシヤを迎えるはずであった。しかるに、アブラハムが象徴献祭に失敗することにより、その目的は再び挫折してしまったのである。それゆえに、メシヤを迎えるための信仰の父を探し求めてきたアダム家庭からの二〇〇〇年の期間は、いったんサタンに奪われるほかはなかった。しかし、アブラハムがノアの立場と異なるのは、たとえ象徴献祭には失敗したとしても、イサク、ヤコブの三代にわたって延長しながら、「メシヤのための家庭的基台」を立てることにより、この基台を中心として、エジプトにおいて神の選民を生み殖やし、後日「メシヤのための基台」を民族的にめることができたという事にあるのである。アブラハムを信仰の父という理由はここにある。それゆえに、結果的に見れば、アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年の期間は、信仰の父であるアブラハム一人を立てて、将来、復帰摂理を始めることができるその基台をつくる期間であったということができる。復帰摂理のみ業(役事)が、アブラハムから始められたという理由はここにあるのである。
アブラハムの象徴献祭の失敗によって、アダムからアブラハムに至るまでの二〇〇〇年の期間をサタンに奪われてしまったので、この期間を再び天の側に蕩減復する期間がなければならないのであるが、この期間がすなわちアブラハムからイエスがられるときまでの二〇〇〇年期間であった。もし、アブラハムが象徴献祭に失敗しなかったならば、その子孫たちによって立てられるはずの「メシヤのための民族的基台」の上にメシヤがられたはずであったので、そのときに復帰摂理は成就されることになっていたのである。これと同じく、もしユダヤ民族が、イエスを信じかつ侍り奉って、彼を神の前に民族的な生きた供え物として、み旨にかなうように立てていたならば、そのときにおいても彼らが立てた「メシヤのための民族的基台」の上にられたメシヤを中心として、復帰摂理は完成されることになっていたのである。
しかし、アブラハムが象徴献祭に失敗したのと同、ユダヤ人たちもイエスを十字架につけることによって、その民族的な祭に失敗したために、アブラハム以後イエスまでの二〇〇〇年の期間は、再びサタンに奪われる結果となってしまった。ゆえに、サタンに奪われたこの二〇〇〇年期間を、再び天の側に蕩減復する二〇〇〇年の期間が必要となったのであるが、この期間がすなわち、イエス以後今日に至るまでの二〇〇〇年の期間だったのである。そして、この期間においては、イエスの十字架による復帰摂理によって、キリスト信徒たちは「再臨主のための世界的基台」を立てなければならなかったのである。

(2)帰摂理路程の時代
①み言による理から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、人間がまだ復帰摂理のための神のみ言を直接受け得るような蕩減件を立てることができない時代であった。それゆえに、この時代は落人間が供え物による蕩減件を立てることによってのみ、次の時代に、み言による理をなすことができる基台を造成し得る時代であったので、この時代を「み言の基台理時代」という。
()また、アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、約のみ言によって、人間の心と知能の程度が蘇生級まで成長する時代であったので、この時代を「蘇生約時代」という。
()そして、イエスから再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、人間の心と知能の程度が長成級まで成長する時代であったので、この時代を「長成新約時代」という。
()また、イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復帰摂理の完成のために下さる成約のみ言によって、人間の心と知能の程度が完成級まで成長する時代であるので、この時代を「完成成約時代」という。

②復活理から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、人間が祭によって、将来、復活理をなし得る約時代のための基台をつくる時代であったので、この時代を「復活基台理時代」という。
()アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、復活理の時代的恩約のみ言によって、人間が形体級まで復活する時代であったので、この時代を「蘇生復活理時代」という。
()イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、復活理の時代的恩と新約のみ言によって、人間が生命体級まで復活する時代であったので、この時代を「長成復活理時代」という。
()イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復活理の時代的恩と成約のみ言によって、人間が生体級まで完全復活する時代であるので、この時代を「完成復活理時代」という。

③信仰の期間を蕩減復する理から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、サタンに奪われたこの期間を、アブラハム一人を立てることによって、天のものとして蕩減復し得る、約時代のための基台をつくった時代であったので、この時代を「蕩減復基台理時代」という。
()アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、アブラハムの祭の失敗によって、サタンに奪われたアダムからの二〇〇〇年期間を、イスラエル民族を中心として、再び天のものとして蕩減復する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理時代」という。
()イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、イエスが十字架で亡くなられることによって、サタンに奪われるようになった約時代の二〇〇〇年期間を、キリスト信徒たちを中心として、天のものとして再蕩減復する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理延長時代」という。
()イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、サタンに奪われた復帰摂理の全路程を、天のものとして完全に蕩減復する時代であるので、この時代を「蕩減復帰摂理完成時代」という。

④メシヤのための基台の範から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、祭によってアブラハムの家庭一つを立てることにより、「メシヤのための家庭的基台」を造成した時代であったので、この時代を「メシヤのための家庭的基台理時代」という。
()アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、約のみ言によってイスラエル民族を立てることにより、「メシヤのための民族的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための民族的基台理時代」という。
()イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、キリスト信徒たちを世界的に探し求めて立てることにより、「メシヤのための世界的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための世界的基台理時代」という。
()イエス再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言によって、天宙的な理をすることにより、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代であるので、この時代を「メシヤのための天宙的基台理完成時代」という。

⑤責任分担から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、次の約時代に、神の責任分担による理をなさるための基台を造成した時代であったので、この時代を「責任分担基台理時代」という。
()アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、神が人間を創造された原理的な責任を負われて、自らサタンを屈伏する第一次の責任を担われ、預言者たちにして蘇生的な復帰摂理を行われた時代であったので、この時代を「神の責任分担理時代」という。
()イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、落の張本人であるアダムとエバの使命を、代わりに完成しなければならなかったイエスと聖とが、サタンを屈伏する第二次の責任を担われて、落人間にし長成的な復帰摂理を行われる時代であるので、この時代を「イエスと聖の責任分担理時代」という。
()イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、人間が本、天使までも主管するようになっている創造原理に立脚して、地上と天上にいる聖徒たちが、落した天使であるサタンを屈伏する第三次の責任を担って復帰摂理を完成しなければならない時代であるので、この時代を「聖徒の責任分担理時代」という。

理的同時性から見た時代
()アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復する蕩減件を、象的に立ててきた時代であったので、この時代を「象的同時性の時代」という。
()アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復する蕩減件を、形象的に立ててきた時代であったので、この時代を「形象的同時性の時代」という。
()イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復する蕩減件を、体的に立ててきた時代であるので、この時代を「体的同時性の時代」という。

(三)復帰摂史と「私」
「私」という個性体はどこまでも復帰摂史の所産である。したがって、「私」はこの史が要求する目的を成就しなければならない「私」なのである。それゆえに「私」は史の目的の中に立たなければならないし、また、そのようになるためには、復帰摂史が長い期間を通じて、的に要求してきた蕩減件を、「私」自身を中心として、的に立てなければならない。そうすることによって、初めて「私」は復帰摂史が望む結体として立つことができるのである。したがって、我は今までの史路程において、復帰摂理の目的のために立てられた預言者や義人たちが達成することのできなかった時代的使命を、今この「私」を中心として、一代において的に蕩減復しなければならないのである。そうでなければ、復帰摂理の目的を完成した個体として立つことはできない。がこのような史的勝利者となるためには、預言者、義人たちにしてこられた神の心情と、彼らを召命された神の根本的な目的、そして彼らに負わされた理的使命が、果たしてどのようなものであったかということを詳細に知らなければならないのである。しかし、落人間においては、自分一人でこのような立場に立ち得る人間は一人もいない。それゆえに、我は、復帰摂理の完成者としてられる再臨主を通して、それらのことにするすべてを知り、また彼を信じ、彼に侍り奉り、彼と一つになることによって、彼と共に、復帰摂史の的な蕩減件を的に立て得た立場に立たなければならないのである。
このように、帰摂理の目的を達成するために地上にた先人たちがんだ道を、今日の我は再び反復してまなければならないのである。そればかりでなく、我は彼らがだれもみ得ず、取りした道までも、全部まなければならないのである。それゆえに、落人間は、復帰摂理の容を知らなければ、決して命の道をむことはできない。我が復原理を詳細に知らなければならない理由は、はここにあるのである。