第一章 復帰基台摂理時代

第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂

第二節 ノアの家庭を中心とする復帰摂

第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂

 

第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂

(一)信仰基台
(二)体基台
(三)アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失
(四)アダムの家庭が見せてくれた

落はたとえ人間自身の過ちから起きたものであるとしても、神がその落人間を救わなければならない理由については、に前編第三章第二節(一)で論じた。ゆえに、「メシヤのための基台」を立てて、落人間を復なさろうとする理は、にアダムの家庭から始まっていたのである。
論で論じたように、アダムはサタンと血縁関係を結んだので、神とも対応でき、また、サタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。したがって、このような中間位置におかれた落人間を天の側に分立して、「メシヤのための基台」を造成するためには、落人間自身が何らかの蕩減件を立てなければならない。
ゆえに、アダムの家庭が「信仰基台」と「体基台」とを復する蕩減件を立てて、それによって「メシヤのための基台」をつくり、その上でメシヤを迎えるのでなければ、復帰摂理は成就できないのである。

 

 

第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂

(一)信仰基台
(二)体基台
(三)アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失
(四)アダムの家庭が見せてくれた

 

(一)信仰基台
第一に、「信仰基台」を復するためには、それを蕩減復するための何らかの件物がなければならない。もともと、アダムは「信仰基台」を立てるための件として下さった神のみ言を、その不信仰のために失ってしまったのである。それゆえ、もはやみ言を神から直接受けることができない立場にまで(値を失い)落してしまったアダムであったので、その「信仰基台」を復するためには、彼が信仰によって、そのみ言の代わりとなる何らかの件物を、神のみ意にかなうように立てなければならなかったのである。アダムの家庭で立てなければならない、そのみ言の代わりの件物とは、すなわち供え物であった。
第二に、「信仰基台」を復するためには、その基台を復できる中心人物がいなければならない。アダムの家庭における「信仰基台」を復すべき中心人物は、もちろんアダム自身であった。ゆえに、アダムが、然供え物をささげるべきであり、彼がこの供え物を神のみ意にかなうようにささげるか否かによって、「信仰基台」の造成の可否が決定されるべきであったのである。
しかし、聖書の記を見ると、アダムが供え物をささげたとは書かれておらず、カインとアベルのときから供え物をささげたとなっている。その理由はどこにあったのであろうか。創造原理によれば、人間は本、一人の主人にのみ対応するように創造された。それゆえ、二人の主人に対応する立場に立っている存在を相手にして、創造原理的な理を行うことはできない。もし神が、アダムとその供え物に対応しようとすれば、サタンもまた、アダムと血縁関係があるのを件として、アダムと対応しようとするのはいうまでもないことである。そうなると結局アダムは、神とサタンという二人の主人に対応するという非原理的な立場に立つようになる。神はこのような非原理的な理をなさることはできないので、善二つの性品の母体となったアダムを、善性品的な存在と性品的な存在との二つに分立する理をなさらなければならなかったのである。このような目的のために、神はアダムの二人の子を、各二つの表示体として分立されたのち、彼らに、神かサタンかのどちらか一方だけが各々対応することのできる、すなわち、一人の主人とのみ相する、原理的な立場に立ててから、各自供え物をささげるように仕向けられたのである。
それでは、カインとアベルは、どちらも同じアダムの子であるが、そのうちだれを善の表示体として神と対応し得る立場に立て、また、だれをの表示体としてサタンと対応し得る立場に立てるべきであったのだろうか。第一に、カインとアベルは、共にエバの落のであった。したがって、落の母体であるエバの落の路によって、そのいずれかを決定しなければならなかったのである。ところでエバの落は、二つの不倫な愛の行動によって成立した。すなわち、最初は天使長との愛による落であり、二番目はアダムとの愛による肉的落であった。もちろんこれらは、どちらも同じ落行には違いない。しかし、この二つの中でいずれがより原理的であり、より許し得る行であるかといえば、最初の愛による落行よりも二番目の愛による落行であると見なければならない。なぜなら、最初の落行は、神と同じように目が開けるようになりたいと願う、すなわち、時ならぬ時に時のことを望む過分な欲望が動機となり(創三5)、非原理的な相である天使長と係を結んだことから生じたものであるのにして、二番目の落行は、最初の行が不倫なものであったことを悟って、再び神の側にりたいと願う心情が動機となって、ただ、まだ神が許諾し得ない、時ならぬ時に、原理的な相であるアダムと係を結んだことから起こったものだからである(前編第二章第二節(二))。
ところで、カインとアベルは、どちらもエバの不倫の愛のである。したがって、エバを中心として結んだ二つの型の不倫な愛の行件として、それぞれの立場を二個体に分けもたすべくカインとアベルを、各異なる二つの表示的立場に立てるよりほかに理のしようがなかったのである。すなわち、カインは愛の初めのであるので、その最初のつまずきであった天使長との愛による落行を表するの表示体として、サタンと相する立場に立てられたのであり、アベルは愛の二番目のであるがゆえに、その二番目の過ちであったアダムとの愛による落行を表する善の表示体として、神と対応することができる立場に立てられたのである。
第二に、神が創造された原理の世界を、サタンが先に占有したので、神に先立って、サタンが先に非原理的な立場からその原理型の世界をつくっていくようになった。そうして、元、神は長子を立てて、長子にその嗣業を承させようとなさった原理的な基準があるので、サタンも、二番目のものよりも、最初のものにする未練が一層大きかった。また事サタンは、そのとき、に被造世界を占有する立場にあったので、未練の一層大きかった長子カインを先に取ろうとした。したがって、神はサタンが未練をもって対応するカインよりも、アベルと対応することを選び給うたのである。
これにする例を聖書の中から探してみることにしよう。神はカインに向かって、「正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています」(創四7)と言われた。これから見て、カインはサタンと相する立場に立たされたという事を知ることができる。イスラエル民族がエジプトを去るとき、エジプトの民のみならず、家畜に至るまで、初子をことごとくった(出エ一二29)。これは、それらがみなカインの立場として、サタンの象であったからである。また、イスラエル民族がカナンの地に復したとき、次子アベルの立場であったレビびとの子孫のみが契約の箱を担いでいった(申命三一25)。創世記二五章23節を見れば、神はまだ生まれる以前の母の腹の中にいる胎のときから長子エサウを憎み、次子ヤコブを愛したという記がある。これは、長子、次子という名分だけで、彼らは、に各カインとアベルの立場にあったからである。ヤコブが彼の孫エフライムとマナセを同時に祝福するときに、次子エフライムを優先的に祝福するために手を交差して祝福したのも(創四八14)、これまたエフライムがアベルの立場にあったからである。このような原理によって、神とサタンを各一人の主人として対応できる位置にアベルとカインを立てておいて、供え物をささげるようにされた(創四3~5)のである。
そうして、神はアベルの供え物は受けられ、カインの供え物は受けられなかったが、その理由はどこにあったのだろうか。アベルは神が取ることのできる相的な立場で、信仰によって神のみ意にかなうように供え物をささげたから(ヘブル一一4)、神はそれを受けられた(創四4)。このようにして、アダムの家庭が立てるべき「信仰基台」がつくられるようになったのである。これは、たとえ落人間であっても、神が取ることのできる何らかの件さえ成立すれば、神はそれを受け入れられるということを示なさるためでもあった。そして、神がカインの供え物を受けられなかったのは、カインが憎いからではなかったのである。ただ、カインはサタンが取ることのできる相的な立場に立てられていたので、神がその供え物を取ることができるような何らかの件をカイン自身が立てない限りは、神はそれを取ることができなかったからである。神はこれによって、サタンと相する立場にいる人間が、神の側に復するには、必ずその人自身が何らかの蕩減件を立てなければならないことを示されたのである。それではカインは、どのような蕩減件を立てなければならなかったのであろうか。それは正に、「落性をぐための蕩減件」であったが、これにしては、次項で詳しく解明することにしよう。

(二)体基台
アダムの家庭において「体基台」がつくられるためには、カインが「落性をぐための蕩減件」を立てることにより、神がその祭を喜んで受け得るような件を立てるべきだったのである。では、「落性をぐための蕩減件」は、どのようにして立てるべきであったろうか。人間始祖は、天使長によって落し、それから落性を承するようになったので、落人間がその落性をぐためには、蕩減復原理により、次に記されているように、その落性本性をもつようになった路と反路をたどることによって、蕩減件を立てなければならなかったのである。
天使長が、神の愛をより多く受けていたアダムを愛することができなかったことによって落したので、「神と同じ立場をとれない落性」が生じた。それゆえに、この落性をぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを愛して、神の立場にあるのと同じ立場をとるべきであったのである。
第二に、天使長が、神にもっと近かったアダムを仲保に立て、彼を通じて神の愛を受けようとはせず、かえってアダムの位置を奪おうとして落してしまったので、「自己の位置を離れる落性」が生じた。ゆえに、この落性をぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを仲保として、彼を通じて神の愛を受ける立場をとることにより、自分の位置を守るべきであったのである。
第三に、天使長は自分を主管すべくつくられた人間、すなわちエバとアダムを逆に主管して落したので、「主管性を倒する落性」が生じた。したがって、人間がこの落性をぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルに順に屈伏して、彼の主管を受ける立場に立つことによって、主管性を正しく立てるべきであったのである。
最後に、善の果を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムにえ、アダムはこれをエバにえ、エバは天使長にえて、善を繁殖すべきであった。しかるにこれとは反に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバにえ、エバはそれをアダムにえて落したので、「罪を繁殖する落性」が生じた。ゆえに、この落性をぐためには、天使長の立場にいるカインが、自分よりも神の前に近く立っているアベルの相となる立場をとり、アベルから善のみ言をえ受けて、善を繁殖する立場に立つべきであったのである。
は、ここにおいて、カインとアベルの祭に相通ずるいくつかの例をげてみよう。我の個体の場合を考えてみると、善を指向する心(ロマ七22)はアベルの立場であり、罪の律法に仕える体(ロマ七25)はカインの立場である。したがって、体は心の命令に順に屈伏しなければ、私たちの個体は善化されない。しかし、際には体が心の命令に反逆して、ちょうどカインがアベルを殺したような立場を反復するので、我の個体は化されるのである。したがって、修道の生活は、ちょうどアベルにカインが順しなければならないのと同に、天のみ旨を指向する心の命令に体を順させる生活であるともいえる。また人間は落して、万物よりも劣った(エレミヤ一七9)立場にまで落ちたので、万物をアベルの立場に立てて、それを通してのみ神の前に出ることができたのであるが、これがすなわち祭である。人間が常に立派な指導者や親友を探し求めようとするのは、結果的に見るならば、より天の側に近いアベル型の存在を求めて彼と一体化し、天の側に近く立とうとする天心から起こる行である。また、謙遜と柔和が、キリスト信仰の綱領となっているのは、日常生活の中で、自分も知らずにアベル型の人物にって、彼を通じて天の前に立つことができる位置を確保するためである。個人から家庭、社、民族、家、世界に至るまで、そこには必ず、カインとアベルの二つの型の存在がある。それゆえに、このようなすべてのものを、創造本然の立場に復するためには、必ずカイン型の存在がアベル型の存在に順に屈伏しなければならないのである。イエスは、全人類がその前に順に屈伏しなければならないアベル的な存在として、この世にられたお方である。したがって、彼によらなくては、天に入る者がないのである(ヨハネ一四6)。
もし、アダムの家庭で、カインがアベルに順に屈伏することによって「落性をぐための蕩減件」を立てたならば、彼らはにつくられた「信仰基台」の上に「体基台」を立て、この二つの基台によってつくられる「メシヤのための家庭的基台」の上でメシヤを迎え、創造本然の四位基台を復したはずであった。しかるに、カインがアベルを殺害することによって、天使長が人間を落せしめた落性本性を反復するようになり、アダムの家庭が立てるべきであった「体基台」は立てられなかった。したがって、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成し遂げられなかったのである。

(三)アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失
「メシヤのための基台」は、「信仰基台」を蕩減復した基台の上で、「体基台」を立てることによってつくられる。そして、祭という点から見れば、「信仰基台」は、「象徴献祭」を神のみ意にかなうようにささげることによって復され、「体基台」は「祭」を神のみ意にかなうようにささげることによってつくられるとも見ることができる。それでは、「象徴献祭」および「祭」の意義とその目的は果たして何であるかということについて調べてみることにしよう。
神の創造目的である三大祝福は、まずアダムとエバが各個性を完成して夫婦とならなければならないということであり、つぎに、子女を殖やして家庭をつくり、更に進んで彼らが万物を主管することによって成就されるようになっていた。しかし、落によってその三大祝福は達成されなかったので、これを復するためには、それと反路にって、まず、万物を復するための蕩減件と、人間を復するための象的な蕩減件とを同時に立てることができる「象徴献祭」をささげて、「信仰基台」を立てなければならない。つぎには、子女を復して、その上に、父母を復するための蕩減件を、同時に立てることができる「祭」をささげて、「体基台」をつくって、「メシヤのための基台」を造成しなければならない。ゆえに、我は「象徴献祭」の意義とその目的を二つに分けて考えることができる。に、落論で述べたように、サタンが落人間を主管することによって、彼は人間が主管すべき万物世界までも主管するようになったのである。聖書に、万物が嘆息すると記されている原因はここにある(ロマ八22)。それゆえに、万物をもって「象徴献祭」をささげる第一の目的は、神の象象である万物を復するための蕩減件を立てるところにある。
そして人間は、落によって、万物よりもり多い、低い存在にまで落ちたので(エレミヤ一七9)、このような人間が、神の前に出るためには、創造原理的な秩序にって、自分よりも神の方に一層近い存在である万物を通じなければならない。したがって、「象徴献祭」をささげる第二の目的は、体人間を神の方に復するための、象的な蕩減件を立てようとするところにある。
つぎに「祭」は、あくまでも的な祭であるので、万物と人間の創造の順序がそうであったように、外的な「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげた基台の上でのみ成就されるようになっている。ゆえに、「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげて、万物を復するための蕩減件と、人間を復するための象的な蕩減件とを同時に立てたのちに、この基台の上で、再び、人間を体的に復するための蕩減件として、「祭」をささげなければならないのである。祭」は、体人間を復するために、「落性をぐための蕩減件」を立てることを意味する。そして、カイン的な存在がアベル的な存在を体として祭し、子女を復するための蕩減件を立てるようになれば、それがとりもなおさず、次に解明されているように、父母を復するための蕩減件ともなるので、「祭」はみ意にかなう祭となるのである。
アダムの家庭が「メシヤのための基台」をつくるためには、アダム自身がまず「象徴献祭」をして、「信仰基台」を立てなければならなかった。それにもかかわらず、に述べたように、アダムが祭をなし得なかった理由は、アダムが祭をすれば、その供え物には、神とサタンという二人の主人が対応するようになり、非原理的立場に立つようになるからである。なお、そのほかにも、ここには心情的な面におけるいま一つの理由があった。落したアダムは、事上、神の心情にして千秋万代にわたって消えることのない深い悲しみを刻みこんだ罪の張本人であった。それゆえに、彼は、神が直接に対応して復帰摂理をされる心情的な象となることができなかったのである。
したがって、神はアダムの代わりに、彼の次子アベルを立てて、「象徴献祭」をささげるようにされた。このようにして、まず、万物を復するための蕩減件と、さらに人間を復するための象的な蕩減件とを、同時に立てたその基台の上で、カインとアベルが「祭」として子女を復するための蕩減件を立てたならば、父母の立場にあるアダムはその「体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」は、そのときつくられたはずであった。
ところで落性をぐための蕩減件」を立てることによって、「祭」をするためには、その祭の中心人物が決定されなければならない。ゆえに、アベルの「象徴献祭」には、アダムの代わりに「信仰基台」を立てるためと、アベルを「祭」の中心人物に決定するためという、二つの目的があったことを知らなければならない。
落性をぐための蕩減件」はカインが代表して立てなければならないのであるが、これが、いかなるわけで、アダムの家庭全体が立てたのと同じ結果になるかということを我は知らなければならない。それは、ちょうど人間始祖が神のみ言にえば神のみ旨が成就されたはずであり、またユダヤ人たちがイエスを信じたならばイエスの目的が達成されたはずであるのと同カインがアベルに順に屈伏して「落性をぐための蕩減件」を立てることによって、カインとアベルが、共に子女として「落性をぐための蕩減件」を成し遂げた立場に立ち得たはずであった。また、カインとアベルは、善の母体であるアダムを分立した存在であったので、彼らが「落性をぐための蕩減件」を立ててサタンを分立したならば、その父母であるアダムはサタンを分立した立場に立つことができるので、その子女たちよりも先に「体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」をつくったはずなのである。このように、父母を復するための蕩減件は、「象徴献祭」と「祭」とによって立てることができるのである。
そうして、アベルがみ意にかなう祭をささげることによって、アダムを中心とする「信仰基台」を蕩減復する件と、「祭」をささげる中心人物としてのアベルの立場が立てられたのであった。しかし、カインがアベルを殺したので、彼らは天使長がエバを落させたのと同じ立場に再び立つようになった。そのため「落性をぐための蕩減件」が立てられなくなり、「祭」に失敗したので、「体基台」をつくることができず、したがって、「メシヤのための基台」も造成することができなかったので、アダムの家庭を中心とする復帰摂理の完成は失敗にしたのであった。

(四)アダムの家庭が見せてくれた
アダムの家庭を中心とする復帰摂理の失敗は、結果的に見て、まず第一に、み旨成就にする神の予定と人間の責任分担にして、神がどのような態度をとられるかを見せてくれた。、み旨成就にする神の予定は、必ず、神の責任分担と人間の責任分担とが合わさり一つになって初めて完成できるようになっている。それゆえに、カインがアベルを通して祭するということは、彼らの責任分担にたるものであって、神は彼らに、どのように祭すべきかという点にしては示なさることができなかったのである。
第二に、カインがアベルを殺したが、その後、神はアベルの身代わりとしてセツを立て、新たな理をなさることによって、み旨にする神の予定は絶的であり、人間にするその予定は相的であることを見せてくださった。神はその責任分担にして、アベルが自分自身の責任分担を完遂して、初めて彼が「祭」の中心人物となるように予定されたのである。ゆえに、アベルがその責任分担を完遂できない立場に立ちいたったとき、神は、彼の身代わりとしてセツを立てて、絶的なものとして予定されているみ旨を、引き理していかれたのである。
第三には、カインとアベルの祭で、落人間は常にアベル的な存在を求め、彼に順に屈伏することによって、初めて天が要求するみ旨を、自分も知らないうちに成し遂げていくということを見せてくださった。
また、アダムの家庭を中心として完成させようとした理と同一の理が、人間の不信によって、その後も引きき反復されてきた。したがってこの路程は、今日の私たち自身もまねばならない蕩減路程として、そのままされている。それゆえ、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は、今日の我にとっても、典型的な生きた訓となるのである。

 

第二節 ノアの家庭を中心とする復帰摂

(一)信仰基台
(二)体基台
(三)ノアの家庭が見せてくれた

 

カインがアベルを殺害したため、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成就されなかった。しかし、創造目的を完成させようとする神のみ旨は更することができず、したがって絶的なものとして予定し理なさるので、神はアベルが天にして忠誠をくした、その心情の基台の上に、その身代わりとしてセツを立てられたのである(創四25)。そうして、その子孫からノアの家庭を選んでアダムの家庭の身代わりとして立て、新たな復帰摂理をなさったのである。
創世記六章13節に、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐でたしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう」と言われたとおり、洪水審判をされたのを見ると、そのときも終末であったことが明らかに分かる。なぜなら、洪水審判後にノアの家庭を基盤としてメシヤを遣わし、創造目的を完成させようとなさったからである。ゆえに、ノアの家庭も、まず「信仰基台」を復する蕩減件を立て、その基台の上に、「体基台」を復する蕩減件を立てることによって、アダムの家庭が復できなかった「メシヤのための基台」を蕩減復しなければならなかったのである。

(一)信仰基台
(1)信仰基台を復する中心人物
ノアの家庭を中心とする復帰摂理において、「信仰基台」を復すべき中心人物はノアであった。ゆえに、神はアダムによって成し遂げようとして、成し遂げることのできなかったみ旨を、身代わりとして成就せしめるために、アダムから一六〇〇年をて、十代目にノアを召命されたのであった。それゆえに、神はにアダムに祝福された(創一28)のと同じく、ノアにしても、「生めよ、ふえよ」と祝福されたのである(創九7)。このような意味において、ノアは第二の人間始祖となるのである。
ノアは、世が神の前にれて、暴虐が地にちたとき呼ばれ(創六11)、一二年間あらゆる罵倒と嘲笑を受けながらも、神の命令だけには絶に服して、平地ならばともかく、山の頂上に箱舟をつくったのである。それゆえに、神はこれを件として、ノアの家庭を中心とする洪水審判を敢行なさることができたのである。このような意味において、ノアは第一の信仰の祖である。はアブラハムを信仰の祖と思っているが、元は、ノアがそのを担うべきであったのである。けれども、次に記されているように、彼の子ハムの犯罪により、ノアの信仰の祖としての使命は、アブラハムに移されたのであった。
アダムは「信仰基台」を復すべき中心人物であったにもかかわらず、明したような理由によって、自分では直接祭することができなかった。しかし、ノアは、にアベルが「象徴献祭」を神のみ意にかなうようにささげて、天にし忠誠をくした、その心情の基台の上で呼ばれたのであるし、また、彼は血統的に見ても、アベルの身代わりとして選ばれたセツ(創四25)の子孫であり、そればかりでなく、ノア自身も、神の目から見て義人であったので(創六9)、彼は自ら箱舟をつくることによって、直接、神に「象徴献祭」をささげることができたのである。

(2)信仰基台を復するための件物
ノアが「信仰基台」を復するための件物は、箱舟であった。それでは、その箱舟の意義はどのようなものであったのだろうか。ノアがアダムの身代わりとして、第二の人間始祖の立場に立つためには、アダムの落によってサタンの側に奪われた天宙を、蕩減復するための件を立てなければならない。したがって、新天宙を象する何らかの件物を供え物として、神の前にみ意にかなうようにささげなければならなかったのである。このような件物として立てられたのが、すなわち箱舟であった。
箱舟は三層に分けてつくられたが、その理由は、三段階の成長過程を通して創造された天宙を象するためであった。また、箱舟に入ったノアの家族が八人であったのは、ノアがアダムの身代わりの立場であったので、にサタンの側に奪われたアダムの家族の八人家族を蕩減復するためであった。箱舟は天宙を象するので、その中に主人として入ったノアは神を象し、彼の家族は全人類を象し、その中に入っている動物は、万物世界全体を象したのであった。
このように、箱舟が完成されたのちに、神は四十日間の洪水審判をなさったが、この審判の目的は何であったのだろうか。創造原理によれば、人間は一人の主人に対応するように創造されたので、淫って、にサタンと対応している人類を、神がもう一人の主人の立場で対応して、非原理的な理をなさることはできなかった。ゆえに、神だけが対応して理することのできる象を立てるために、サタンの相となっている全人類を滅ぼす洪水審判の理をなさったのである。それでは、審判期間を四十日と定められた理由は、どこにあったのだろうか。後編第三章第二節(四)で論述するように、十である。ゆえに、神がアダム以後十代目にノアを選び立てた目的は、アダムを中心として完成できなかったみ旨を、ノアを中心に蕩減復して、神の方へ再び一させるための、十の蕩減期間を立てようとなさったところにあったのである。ゆえに、神は四位基台の目的を完成するために、四を復する蕩減期間として、各代を立てる理を、ノアに至るまで十代にわたってけてこられたのである。したがって、アダムからノアまでの期間は、四十を復するための蕩減期間であった。しかるに、時の人間たちの淫によって、この四十蕩減期間がサタンの侵入を受けたので、神はノアの箱舟を中心として、四位基台を完成する理を再びなさるため、サタンの侵入を受けたこの四十を復する蕩減期間として、四十日審判期間を立てて、「信仰基台」を復しようとされたのである。
このようにして、四十は、その後の蕩減復帰摂理路程において、「信仰基台」を復するためのサタン分立として必要になった。その例をげれば、ノア審判四十日をはじめとして、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、イスラエル民族のエジプト苦役四〇〇年、モセの二度にわたる食祈四十日、カナン偵察期間四十日、イスラエル民族の荒野流浪四十年、サウル王、ダビデ王、ソロモン王の在位期間各四十年、エリヤ食四十日、ニネベ滅亡にするヨナの預言四十日、イエスの食祈四十日と復活期間四十日などは、みなサタンを分立する蕩減期間であったのである。
また、聖書を見れば、その審判が終わろうとするとき、ノアが箱舟からからすと鳩を放ったという記があるが、これを通して、神が将来どのような理をなさることを予示されたかを調べてみることにしよう。なぜなら、アモス書三章7節を見ると、「主なる神はそのしもべである預言者にそのれた事を示さないでは、何事をもなされない」と言われているからである。箱舟を神のみ意にかなうように立てることによって、天宙を復するための蕩減件を立てる審判四十日期間は、天地創造の理想が現されるまでの混沌期間(創一2)に該する期間であった。したがって、四十日が終わるときに、箱舟を中心として見せてくださった行事は、神が天地創造を完了されたあとの全史路程を象的に表示されたものなのである。
それでは、からすを箱舟から放って、水が乾ききるまで飛びまわらせたのは(創八6、7)、いったい何を予示しようとされたものであろうか。これはあたかも、人間の創造直後に、天使長がエバの愛を犯そうとし、また、カインとアベルが祭するときにも、サタンが彼らに侵入する機を待ち伏せていたのと同に(創四7)、洪水審判が終わろうとするときにも、サタンが、ノアの家庭に何か侵入する件がないかとねらっていたということを、からすがどこかとどまる所はないかと、水の上を迷って飛びまわる子でもって表示されたのである。
つぎに、ノアが鳩を箱舟の外に三度放ったというのは、何を予示されたのだろうか。聖書には、水が引いたかどうかを見ようとして、鳩を放ったと記されている。しかし、に、 それだけのことが目的であったならば、鳩を出さずに、窓から直接外を見ても分かるはずである。たとえ窓が全部閉ざされていたとしても、鳩を外に出したその 穴からでも、十分外を見ることができたはずなのである。ゆえに、鳩を放った目的は、水が減るのを見ることよりも、もっと重要なところにあったのではないか と推察される。そこで今、我はここにされている神の理の意義は、いったい何であるかということを知らねばならない。神がノアを通して、洪水審判をなさることを宣布されて七日後に(創七10)洪水が始まり、四十日審判期間が過ぎたのち、最初の鳩が放たれた。ところが、この鳩は水の上をあちらこちら飛びまわっていたが、足の裏をとどめる所が見つからなかったので、再び箱舟にってきた。そこで、ノアはこれを捕らえ、箱舟の中の彼のもとに引き入れたと記されている(創八9)。この最初の鳩は、初めのアダムを象しているのである。したがって、このみ言は創世前から神のうちにあったその創造理想が、アダムという完成体となって現されることを願って、彼を地上に創造されたが、しかし、彼が落したので、彼を中心としては、地上にその創造理想を現できなくなり、神はやむを得ず、そのみ旨成就を後日に回して、その理想をいったん、地上から取りされたということを意味するものである。
そのつぎに、七日をて、ノアは再び鳩を放った。けれども、そのときにも、やはり水が乾ききっていなかったので、地上にとどまることはできなかったが、しかし、その次にはとどまることができるという表示として、オリブの若葉を口にくわえて、再び箱舟にってきたのである(創八1011)。二番目に放ったこの鳩は、創造理想の「完成体」として再びられる、第二のアダムであるイエスを象したのである。したがって、このみ言は、イエスが復帰摂理を完成なさるためにこの地上にられるが、もし、ユダヤ人たちが不信仰にるならば、彼は地上にとどまることができなくなり、そのみ旨を完全に完遂することができないために、やむを得ず、彼は再臨することを約束して十字架につけられ、再び神の前にるようになることを予示されたのである。もちろんこの予示は面の意味を含んでいる。もしそのとき、地上の水が乾ききっていて、鳩が地にとどまり、食物を求めることができたならば、鳩は決して箱舟にはらなかったはずである。しかし、水が引かなかったために箱舟に再びったように、将来、ユダヤ民族がイエスをよく信じ、よくえば、彼は決して途中で死ぬことなく、地上天現するであろうが、万一彼らが不信仰にれば、イエスはやむなく十字架にかかって死なれ、再臨せざるを得なくなることを、あらかじめ見せてくださったのである。
その後、更に七日待って、ノアは、三番目の鳩を放った。しかるに、このときは、に水が乾いていたので、再び鳩は箱舟にってこなかったと記されている(創八12)。この三番目の鳩は、第三のアダムとしてられる再臨主を象するのである。したがって、このみ言は、イエスが再臨なさるときには、必ず、神の創造理想を地上に現できるようになり、決してその理想が地上から取り除かれることはないということを見せてくださったのである。第三の鳩がらなかったとき、ノアは初めて箱舟から地に下りて、新天地を迎えた。これは、第三のアダムによって、創造理想が地上で完成するとき、初めて、二一章1節以下のみ言どおり、新しいエルサレムが天から下り、神の幕屋が、人と共にあるようになることを予示されたのである。
この鳩を三度放った例から、予定論で明らかにしたように、神の復帰摂理は、その理の象である人間がそれ自身の責任分担を完遂しないならば、必ず、延長されるということを見せてくださったのである。また、アダムの不信仰により、自分自身の責任を果たさなかったので、イエスが後のアダムとして降臨されなければならないということ、もし、ユダヤ人たちが不信仰にって、彼らの責任を果たさないならば、やむを得ずイエスは十字架で死なれて、第三のアダムとして再臨されなければならないことを予示なさったのである。そして、ここに記されている七日という期間は、天地を創造なさるときに七日で象される期間があったように、それを再び立てるときにおいても、理的なある期間が過ぎたのちでなければ、メシヤの降臨はないということを見せてくださったのである。
このように、ノアの家庭は、審判四十日で「信仰基台」を復するための件物である箱舟を、神のみ意にかなうようにささげ、この基台を蕩減復することができたのである。

(二)体基台
ノアは、箱舟を神のみ旨にかなう供え物としてささげ、「象徴献祭」に成功することによって「信仰基台」を蕩減復した。これによってノアは万物を復するための蕩減件を立てると同時に、人間を復するための象的な蕩減件をも立てたのである。この基台の上で、ノアの子セムとハムとが、各カインとアベルの立場から、「落性をぐための蕩減件」を立てて、「祭」に成功すれば、「体基台」が成就されるようになっていた。
ノアが「象徴献祭」に成功したのち、この家庭の「祭」がみ意にかなうようにささげられるためには、まず、祭」の中心となるべき次子ハムが、アダムの家庭の「祭」の中心であった次子アベルの立場を、復しなければならなかった。アダムのときには、アベル自身が、アダムの代わりに「象徴献祭」をささげたので、アベルがその祭に成功することによって、「信仰基台」を蕩減復すると同時に、「祭」の中心となることも、また、決定されたのである。しかし、ノアのときにはハムではなく、ノア自身が「象徴献祭」をささげたので、ハムが「象徴献祭」に成功したアベルの立場に立つためには、「象徴献祭」に成功したノアと、心情的に一体不可分の立場に立たなければならなかったのである。それでは、我はここで、神がハムをしてノアと心情的に一体となる立場に立たせるために、いかなる理をなさったかを調べてみることにしよう。
創世記九章20節から26節までの記を見れば、ハムは自分の父親ノアが天幕の中で裸になってているのを見し、それを恥ずかしく思ったばかりでなく、善くないことと考え、彼の兄弟セムとヤペテとが恥ずかしい持ちにるように扇動した。このとき、彼らもハムの扇動に雷同して、その父親の裸体を恥ずかしく思い、後ろ向きにみ寄って、父の裸を着物で覆い、顔を背けて父の裸を見なかった。ところが、これが罪となり、ノアはハムを呪って、その兄弟の僕となるであろうと言ったのである。
それでは、神はどうしてこのような理をされ、また、裸を恥ずかしく思ったのがなぜ罪となったのであろうか。その容を知るために、我はまず、どのようなことをすれば罪になるかという問題から調べてみることにしよう。(罪とは神から離れて、サタンと相基準を結ぶ件を成立させることをいうが)サタンも、ある象を立ててそれと相基準を造成し、授受の係を結ばなければ、その存在、および活動の力を揮することができない。ゆえに、いかなる存在でも、サタンが侵入できる件が成立し、サタンの相となって、サタンが活動できるようになったときに、そこで罪が成立するのである。
次に知らなければならないことは、神はどうしてノアを裸にしてハムを試練なさったのかということである。箱舟は天宙を象するものであるから、審判四十日で箱舟を神のみ旨の中で立てた直後に生じたすべての事は、天宙創造以後に生ずるすべての事を象したものであるということは、に論述したとおりである。それゆえに、四十日審判が終わった直後のノアの立場は、天地創造後のアダムの立場と同なのである。
創造されたアダムとエバが、お互いにどれほど親しくまた近い間柄であったか、また、どれほど神にしても、その前でし立て一つしない、水入らずの係であったかということは創世記二章25節に、彼らはお互いに裸であっても、恥ずかしいとは思わなかったと記されている事から推察してみても、十分に理解できるのである。しかし、彼らは落したのち、自ら下部を恥ずかしく思って木の葉で腰を覆い、また、神に見られるのを恐れて、木の間に身をした(創三7、8)。それゆえに、彼らが下部を恥ずかしく思ったという行は、下部で罪を犯し、サタンと血縁関係を結んだという情念の表示であり、下部を覆ってれたという行動は、サタンと血縁関係を結んでしまったので、神の前にあからさまに出ることを恐れた犯罪意識の表現であったのである。
四十日審判によりサタンを分立した立場にあったノアは、天地創造直後のアダムの立場に立たねばならなかった。ここで神はノアが裸でいても、その家族たちがそれを見て恥ずかしがらず、またれようともしない姿を眺めることによって、かつて彼らが罪を犯す前に、どこを覆いすでもなく、ありのままに裸体を現していた、汚れのない人間の姿を御になって、喜びを喫されたその心情を蕩減復しようとされたのである。神はこのようなみ意を完成なさるため、ノアを裸でているように仕組まれたのである。したがって、ハムも、神と同じ立場から、神と同じ心情をもって、何ら恥ずかしがることなくノアとしたならば、ノアと一体不可分のこの理の中で、罪を犯す前、恥ずかしさを知らなかったアダムの家庭の立場に復する蕩減件を立てることができたはずなのである。
しかし、ノアの子らはこれと反に、その父親の裸を恥ずかしく思ってこれを着物で覆ったので、彼らは、落後のアダムの家庭と同に、サタンと血縁関係を結んだ恥ずかしい体となり、神の前に出ることができないという事を、自証する立場に立つようになったのである。ゆえに、にからすによって見せてくださっていたように、ノアの家庭に侵入できる何かの件がないかとねらっていたサタンは、自分の血的な子孫であることを自証してでたノアの子らを象として、その家庭に再び侵入するようになった。
このように、ハムがその父親の裸体を恥ずかしがった行動によって、サタンが侵入できる件が成立したので、その行動は犯罪となったのである。このような事情から、ハムは「祭」をするためのアベルの立場を蕩減復できず、したがって、「体基台」をつくることができなかったので、ノアを中心とする復帰摂理も無したのである。
では、裸を恥ずかしがることがだれにとっても罪になるのであろうか。そうではない。ノアは、アダムの身代わりとなって、アダムにサタンが侵入したすべての件を除去すべき使命を担っていたのである。それゆえに、ノアの家庭は、裸を恥ずかしがらず、また、それをそうともしないという感性と行動とを見せることによって、サタンと血縁関係を結ぶ前の、アダムの家庭の立場を復するための蕩減件を立てなければならなかった。したがって、裸を恥ずかしがらず、また、それをそうともしないというかたちでの蕩減件は、アダムの家庭の代わりに立てられたノアの家庭だけが立てるべき件だったのである。

(三)ノアの家庭が見せてくれた
ノアが一二年間もかかって山の頂上に箱舟をつくったということは、だれでも容易に理解できるものではなかった。しかしながら、そのために激しい非難と嘲笑を浴びても、正にそのことによって、ノアの家庭が救いを受けたという事は、ハムもよく分かっていたのである。このような過去の事から推察して、ハムはたとえノアが裸になってているのを自分では善くないことだと思ったとしても、(かつての箱舟の建造の場合のように、ここには何か深いがあるのだということを賢明に悟って、分からずとも)あくまでそれを善いこととして見なければならなかったのである。しかしハムは、自己を中心として(自己の基準で)天の側に立っているノアを批判し、またそのことを行動に表したので、神がアダムから一六〇〇年も待って、四十日洪水審判を行使して立てられたノアの家庭を中心とする理は、結局成し遂げられなかったのである。これは、我が神への道をむにたっては、どこまでも謙順と忍耐の心がなければならないということを見せてくださっているのである。
また、ノアの家庭を中心とした理は、み旨成就にする神の予定の在り方と、人間の責任分担の遂行いかんで神がどのような態度をとられるか、ということを私たちに見せてくださったのである。ノアの家庭は、神が一六〇〇年間もかかって求めてこられたのであり、また、ノアが箱舟をつくって四十日の洪水により、全人類を牲にしてまで立てた家庭であることを、我はよく知っている。しかし、ハムの小さな過ちによってサタンが侵入するようになると、神は復帰摂理の象であったその家庭全部を惜しみなく捨てられ、その結果、ノアの家庭を中心とする理は、失敗にしてしまったのである。また、ノアの家庭を中心とする理は、人間にする神の予定がどのようなものであるかを我に見せてくださった。神はノアを信仰の祖に立てようと、長い期間を通じて苦して探し求めてこられたにもかかわらず、その家庭が、いったん、責任分担を全うできなくなったときには、それを惜しみなく捨て、その代わりとしてアブラハムを選ばれたという事を、我は忘れてはならないのである。

 

第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂

(一)信仰基台
(二)体基台
(三)メシヤのための基台
(四)アブラハムを中心とする復帰摂理が我に見せてくれた

 

ハムの落行によってノアの家庭を中心とする復帰摂理は完成されなかったのであるが、神は、御自身の創造目的を完成なさろうとするみ旨を絶的なものとして予定し、かつ理なさるので、ノアが天にして忠誠をくしたその心情の基台の上で、神はアブラハムを召命なさり、その家庭を中心とする復帰摂理を、再び行われるようになった。
ゆえに、アブラハムは、ノアの家庭において完成できなかったメシヤのための基台を復して、その基台の上でメシヤを迎えなければならなかった。したがって、アブラハムも、まず「信仰基台」を蕩減復し、その基台の上で、「体基台」を蕩減復しなければならなかったのである。

(一)信仰基台
(1)信仰基台を復する中心人物
アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理において、「信仰基台」を復すべき中心人物は、正にアブラハムであった。ゆえに、アブラハムは、神がノアを中心として成し遂げようとされた「み旨」を受けいで、完成するための中心人物として立てられたのであった。したがって、アブラハムはかつてノアの路程のために立てられたが、ハムの犯罪によってサタンに奪われてしまったすべての件を、蕩減復した立場に立たなければ、ノアを中心とした「み旨」を承することができなかったのである。
ノアが最初にサタンに奪われた件は、アダムからノアまでの十代と、審判四十日期間であった。ゆえに、アブラハムは十代と共に、その十代が各審判四十を蕩減復したという立場に立たなければならない。しかし、一代を四十日期間で蕩減復することは不可能なので、後日、モセ路程において、偵察四十日の失敗を、荒野流浪四十年期間でもって蕩減復したように(民一四34)、ここにおいても、その各の代が、審判四十日の失敗を四十年期間でもって蕩減復するというかたちで通算年を立てられたのである。それゆえに、神はノアから十代にわたる四〇〇年蕩減期間を過したのち、初めてノアの身代わりとして、アブラハムを立てられたのである。このように、アダムからノアに至る一六〇〇年間に十代を復した時代から、四〇〇年間に十代を復する時代に移ったので、ノア以後、人間の寿命は、急に短くなったのである。
ノアがサタンに奪われた第二の件は、信仰の祖の立場と、アベルの身代わりであったハムの立場であった。ゆえに、アブラハムは信仰の祖とハムの立場を蕩減復しなければ、ノアの立場に立つことができなかったのである。したがって、アブラハムがノアの代わりに信仰の祖の立場に立つためには、ノアが信仰と忠誠をくして、箱舟をつくったのと同に、アブラハムも、信仰と忠誠をくして、「象徴献祭」をささげなければならなかった。また、神が一番愛するアベルの身代わりであったハム(彼らはみな次子として「祭」の中心であった)を、サタンに奪われたので、蕩減復の原則によって、神もその代わりに、サタンが一番愛する立場にいる存在を奪ってこなければならなかった。ゆえに、神は偶像商であるテラから、その長子アブラハムを連れだしたのである(ヨシュア二四2、3)。
アブラハムは、ノアの身代わりであり、したがって、アダムの身代わりであるので、復したアダム型の人物であった。したがって、神はアダムとノアに祝福なさったように、アブラハムにも、子女を殖やして大いなる民族をつくり、祝福の基となれと、祝福なさったのである(創一二2)。アブラハムは、このような祝福を受けたのちに、神の命令に服して、ハランの住みなれた父親の家を離れ、妻サライと、甥ロト、そしてハランでもっていたすべての財産と人を連れて、カナンの地に行ったのである(創一二4、5)。神は、このようなアブラハムの路程によって、将来、ヤコブとモセがサタンの世界であるハランとエジプトから、各、妻子と財物を取り、困難な環境を押しのけて、カナンの地へ復する際に必須のものとなる典型的な路程を指し示してくださったのである。そしてこの路程は、将来、イエスがられて、サタン世界のすべての人間と万物世界とを、神の世界に復するにたっての、典型的な路程を予示されたことにもなるのである(後編第二章(二)照)。

(2)信仰基台を復するための件物
①アブラハムの象徴献
神は、アブラハムに鳩と羊と雌牛とを供え物としてささげるように命ぜられたが、これらは、とりもなおさず、アブラハムが「信仰基台」を復するための件物であったのである(創一五9)。あたかもノアが「象徴献祭」として、箱舟をつくってささげようとしたとき、その祭のための信仰を立てたように、アブラハムも、この「象徴献祭」をするためには、そのための信仰を立てなければならなかった。聖書には、ノアがいかなる方法でその信仰を立てたかということについては明示されていない。しかし、創世記六章9節に、ノアはその時代における義人(正しく全き人)であったと記されているところからして、彼が箱舟をつくる命令を受けるにふさわしい義人となるまでには、必ず何らかの信仰を立てていたに相違ない。、復帰摂理は、このように、「信仰に始まり信仰に至らせる」道を必ず通るのである(ロマ一17)。それでは、アブラハムは、「象徴献祭」をするために、いかなる信仰を立てたのかを調べてみることにしよう。
アブラハムは、第二人間始祖たるノアの立場を復しなければならなかった。したがって、またアダムの立場にも立たなければならないので、彼は「象徴献祭」をする前に、アダムの家庭の立場を復する象的蕩減件を、初めに立てなければならなかった。創世記一二章10節 以下の聖句によれば、アブラハムは飢饉によってエジプトに下ったことがあった。そこで、エジプト王パロが、アブラハムの妻サライを取って、彼の妻にしよう としたとき、アブラハムは、彼女と夫婦であると言えば、自分が殺される憂いがあったので、あらかじめ計って、自分の妻サライを妹であると言った。このように、アブラハムは彼の妻サライと兄妹の立場から、彼女をパロの妻として奪われたが、神がパロを罰したので、再びその妻を取りすと同時に、連れていった彼の甥ロトと多くの財物を携えて、エジプトを出てきた。アブラハムは自分でも知らずに、アダムの家庭の立場を蕩減復する象的な件を立てるために、このような理路程をまなければならなかったのである。
アダムとエバが未完成期において、まだ兄妹のような立場にいたとき、天使長がエバを奪ったので、その子女たちと万物世界のすべてが、サタンの主管下にするようになった。したがって、アブラハムがこれを蕩減復するための件を立てるためには、に明らかにしたように、兄妹のような立場から、妻サライを、いったんサタンの体であるパロに奪わせたのち、彼の妻の立場から、再び彼女を取り返すと同時に、全人類を象するロトと、万物世界を象する財物を取り返さなければならなかったのである(創一四16)。このようなアブラハムの路程は、後日イエスがまなければならない典型路程となるのである。アブラハムは、このような蕩減件を立てたのちに、初めて、鳩と羊と雌牛でもって「象徴献祭」をささげることができたのである。
それでは、アブラハムの「象徴献祭」は、何を意味するものであろうか。アブラハムが信仰の祖となるためには、元、神が信仰の祖として立てようとされたノアと、その家庭の立場を蕩減復しなければならなかったのである。したがって、彼はアダムとその家庭の立場にも立たなければならなかったので、アダムの家庭で、カインとアベルの祭を中心として復しようとしたすべてのことを、蕩減復できる象的な件物をささげなければならなかった。また、彼はノアの家庭が箱舟を中心として復しようとしたすべてのことを、蕩減復できる象的な件物を、供え物として神にささげなければならなかった。このような象的な件物としてささげたのが、すなわちアブラハムの象徴献祭であった。
それでは、アブラハムが象徴献祭としてささげた鳩と羊と雌牛とは、果たして何を象したのだろうか。この三つの象的な供え物は、三段階の成長過程を通じて完成する天宙を象するのである。すなわち、まずそのうち、鳩は蘇生を象したものである。イエスは理完成者、言い換えれば蘇生理完成者としてられた。すなわち、イエスは鳩で表示される蘇生理完成者としてられたので、それにする表として、ヨルダン河で、ヨハネから洗を受けるとき、神のみが鳩のように、その上に下ってきたのである(マタイ三16)。また、イエスは、アブラハムの供え物の失敗を復なさるためにられたので、まず、サタンが侵入したその鳩を復した立場に立たなければならなかった。ゆえに、神は鳩をもって、彼が蘇生理完成者として降臨されたことを表示してくださったのである。
つぎに、羊は長成を象するのである。イエスは、アブラハムの供え物の失敗を、復するためにられた方として、鳩で表示されたすべてのものを復した理の基台の上で、羊で表示されたすべてのものを復すべき長成新約理の出者でもあったのである。ゆえに、イエスが洗ヨハネによって、鳩で表示された蘇生理の完成者という証を受けられたのち、ある日、洗ヨハネは、イエスがいてこられるのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ一29)と言って、イエスが長成使命出者であられることを、証したのである。
つぎに、雌牛は完成を象するものである。士師記一四章18節を見れば、サムソンがなぞの問題を出したとき、ペリシテびとたちは、サムソンの妻を誘ってサムソンをだまさせ、その容を探りだすことによって、その問題を解いたことがあるが、そのとき、サムソンは、「わたしの若い雌牛で耕さなかったなら、わたしのなぞは解けなかった」と言った。このように、サムソンは、妻を雌牛に比喩したのである。イエスは、全人類の新としてられたので、彼が再臨なさるまでの信徒たちは、られる新の前に新婦とならなければならない。しかし、新婦なる信徒たちが再臨される新イエスと小羊の宴を終えたのちには、新婦ではなく妻となり、夫であるイエスと共に、天生活をするようになるのである。それゆえに、イエス再臨以後の完成成約時代は、妻の時代、すなわち、雌牛の時代であることを知らなければならない。ゆえに、雌牛は、とりもなおさず、完成を象するのである。多くの通者たちが、現代は牛の時代であると、啓示を受ける理由は、正にここにあるのである。
それでは、三つの供え物はまた、何を蕩減復するものなのであろうか。アブラハムはその「象徴献祭」で、にアダムとノアの家庭を中心とする理において、彼らが「象徴献祭」で蕩減復しようとして失敗し、サタンに奪われてしまったすべてのものを再び蕩減復すると同時に、彼らが「祭」で蕩減復しようとして失敗し、サタンに奪われてしまったすべてのものをも再び蕩減復できるような、象的蕩減件を立てなければならなかったのである。したがって、アブラハムの「象徴献祭」は、アダムからノア、アブラハムの三代にわたって、的に積み重ねられてきた理の象的蕩減件を、この三つの供え物で、一時に的に復しようとしたのであった。
また、蘇生、長成、完成の三段階を象する鳩と羊と雌牛とを、一つの祭壇に載せて祭したのは、ちょうどアダムの一代で、三段階の成長期間を完成しようとしたのと同に、アダムの立場であるアブラハムを中心として蘇生のアダム、長成のノア、完成のアブラハムというように、み旨から見て三代にわたって蕩減復しようとした的な理を、一時に、的に完成するためであった。したがって、この祭は、サタンが侵入した三に表示されるすべての件を、一時に、蕩減復して、全復帰摂理を一度に完成させようというみ意を象的に表示されたのである。
今、我はアブラハムがこの「象徴献祭」をどのような仕方でささげたかを知らなければならない。
創世記一五章10節から13節までに記されているみ言を見れば、アブラハムは、他の供え物はみな二つに裂いて祭壇の左右に置いたけれども、鳩だけは、裂かずにそのまま置いたので、荒い鳥がその死体の上に降り、アブラハムは、これを追いったと記されている。神はその日、日の入るころ、アブラハムに現れて、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他のに旅びととなって、その人に仕え、その人は彼らを四百年の間、ますでしょう」(創一五13)と言われた。アブラハムは裂くべき鳩を裂かなかったので、その上に荒い鳥が降り、それによって、イスラエル民族はエジプトに入り、四〇〇年間苦役するようになったのである。
それでは、鳩を裂かなかったことが、どうして罪になったのだろうか。この問題は今日に至るまで、未解決の問題としてされてきた。これは、原理を通して初めて明確に解決されるのである。それでは、供え物を裂かなければならない理由はどこにあるのかということを先に調べてみることにしよう。救いの理の目的は、善ととを分立させ、を滅ぼし、善を立てて、善主を復しようとするところにある。ゆえに、アダムという一人の存在を、カインとアベルに分立したのちに、祭させなければならなかったことや、また、ノアのとき、洪水でを滅ぼして善を立てた目的は、みな善主を復せんとするところにあったのである。したがって、神は、アブラハムをして供え物を裂いてささげるようにし、アダムやノアが完成できなかった善分立の象理をしようとされたのである。
それゆえに、供え物を裂くということは、第一に、アダムの家庭において、善の母体であるアダムを善との二つの表示体に分立するために、アベルとカインに分立させたのと同じ立場を復するためであった。第二には、ノアが洪水四十日で善とに分立させた立場を復するためであり、第三には、サタンの主管下にある被造世界から、善主の世界を分立させる象的な件を立てるためであった。さらに第四には、サタンとの血縁関係を通して入ってきた、死亡の血を流して、聖別する件を立てるためであった。
もしそうであるとすれば、裂かなかったことが、どうして罪になるのだろうか。裂かないということは、第一に、カインとアベルに分立しない立場であるから、神のみが対応できるアベル的な象がなく、したがって、それは、神のみ意にかなう祭とはならないので、結局、カイン、アベルの祭の失敗を、蕩減復できなかったという立場になる。第二に、それはノアを中心とする復帰摂理における洪水審判で、善とに分立されなかった態そのままなので、結局、神が対応して理することのできる善の象がなくなり、洪水審判で失敗したのと同じ立場にった結果となるのである。第三に、それはサタン主管下にある被造世界から、神が対応できる善主の世界を分立させるための象的な件を立てられなかったという結果をもたらした。第四に、それは死亡の血を流して聖別する立場に立てなかったので、神が対応して理することのできる、聖なる供え物になれなかったのである。このように、アブラハムが鳩を裂かずにささげたことは、サタンのものをそのままささげた結果となり、結局、それはサタンの所有物であることを、再び、確認してやったと同の結果をもたらしてしまったのである。
このように、蘇生を象する供え物である鳩がサタンの所有物としてるようになったので、蘇生の基台の上に立てられるべき長成と完成を象する羊と雌牛にも、やはりサタンが侵入したのである。したがって、この象徴献祭は、みなサタンにささげたという、結果にってしまったので、鳩を裂かないことが罪となったのである。
また、象的供え物に荒い鳥が降りたということは(創一五11)、何を意味するかを調べてみよう。人間始祖が落したのち、神が理されるみ旨の前には、必ずサタンがついてくるのである。すなわち、創世記四章7節を見れば、カインとアベルが祭をするときにも、サタンが門口に待ち伏せていた。そればかりでなく、ノアのときにも、審判直後に、サタンがノアの家庭に侵入する機をねらっていたということを、からすによって表示してくださった(創八7)。このようにアブラハムが象徴献祭をするときにも、その供え物に侵入する機だけをねらっていたサタンは、彼が鳩を裂かないのを見て、すぐその供え物に侵入した。聖書はこの事を、荒い鳥が供え物の上に降りたということでもって象的に表しているのである。
このような徴献祭の失敗は、どんな結果をもたらしたのだろうか。アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって、その象徴献祭で蕩減復しようとしたすべてのものは失敗してしまった。その結果、アブラハムの子孫が、異邦のエジプトで、四〇〇年間苦役するようになったが、その理由はどこにあったかを調べてみることにしよう。
神はノアのときに、ハムの過ちによって、サタンに奪われた十代と審判四十を、同時に蕩減復なさるために、四〇〇年というサタン分立期間を立てて、この分立基台の上にアブラハムを召命して、「象徴献祭」をするようにされたのである。しかしこのアブラハムの過ちにより、その供え物をまたサタンにささげたことになったので、「象徴献祭」をもって、アブラハムを信仰の祖に立てるための蕩減期間であったノア以後の四〇〇年期間も、やはり、サタンに奪われることになったのである。ゆえに、アブラハムが、「象徴献祭」に失敗する前の立場であり、したがって、ノアが箱舟をつくるために神の召命を受けた立場を、民族的に蕩減復するためには、この四〇〇年というサタン分立期間を、再び立てなければならなかったのである。ゆえに、イスラエル民族がエジプトで苦役する四〇〇年期間は、ノアやアブラハムが信仰の祖として出しようとしたその立場を、民族的に蕩減復して、モセをその基台の上に立たせるための期間であった。したがって、この苦役の期間は、アブラハムの祭の失敗による罰を受ける期間であると同時に、神が新たな理をなさるために、サタン分立の基盤をつくる期間でもあったのである。
神がアブラハムをして、一つの祭壇に三つの供え物を同時にささげる「象徴献祭」に成功せしめることにより、蘇生、長成、完成で表示されるすべての理を、同時に成し遂げようとされたことは、に述べたところである。しかし、アブラハムがこれに失敗したので、彼を中心とする理は、更にイサクからヤコブまで、三代にわたって延長されたのである。ゆえに、アブラハムの「象徴献祭」の失敗は、ノアの箱舟を中心とした「象徴献祭」と、カイン、アベルを中心とした「象徴献祭」の失敗を反復したことになってしまったのである。

②アブラハムのイサク
アブラハムが「象徴献祭」に失敗したのち、再び神はアブラハムにイサクを燔祭としてささげよと命令された(創二二2)。それによって、「象徴献祭」の失敗を蕩減復する新たな理をされたのである。予定論によれば、神はある理のために予定された人物が、彼の責任分担を果たさなかったときには、その張本人を再び立てて、理なさることはできない。そればかりでなく、アブラハムが「象徴献祭」に失敗したので、その祭で立てるべきすべての目的は達成できなくなっているのに、どうして神は、アブラハムを再び立て、イサク祭によって、彼の「象徴献祭」の失敗を蕩減復する理をなさることができたのだろうか。
第一に、「メシヤのための基台」を復なさろうとする神の理は、アダムの家庭を中心とした理が第一次であり、ノアの家庭を中心とした理が第二次で、アブラハムの家庭を中心とした理が第三次であった。しかるに、三は完成(後編第三章第二節(四))なので、「メシヤのための基台」を復なさろうとする理が、第三次まで延長されたアブラハムのときには、この理を完成すべき原理的な件があったのである。それゆえに、アブラハムは、その子イサクを祭としてささげることにより、前よりもっと大きな値のもので蕩減件を立てるということをもって、「象徴献祭」の失敗のために象的に失ったすべてのものを、再び探し立てることができたのである。
第二には、に詳述したように、祭をささげるアブラハムの立場は、すなわちアダムの立場であった。しかるに、サタンは、アダムとその子カインに侵入して、二代にわたって彼らを奪っていったので、蕩減復原則により、天の側でも、アブラハムとその子の二代にわたって、取り返してくる理をすることができたのである。
第三に、アダムは、直接に祭はできなかったけれども、理的に見て、ノアは、アダムと同じ立場におりながら、蘇生「象徴献祭」に成功したアベルの心情の基台の上にあったため、箱舟をもって、直接「象徴献祭」をすることができた。このように、アブラハムは、蘇生「象徴献祭」に成功したアベルの基台と、長成「象徴献祭」に成功したノアの基台の上で召されたことから、完成「象徴献祭」をすることができたのである。それゆえ、アブラハムは「象徴献祭」に失敗したけれども、神はアベルやノアが、「象徴献祭」に成功した史的な心情の基台を件として彼を再び立てて、もう一度祭をせしめることができたのである。
アブラハムは、イサクを供え物としてささげるときにも、「象徴献祭」をささげたときと同じように、まず、アダムの家庭を復する象的な蕩減件を立てて、イサク祭のための信仰を立てなければならなかった。ゆえに、再びアブラハムは自分の妻サラと兄妹の立場に立って、サラをゲラルの王アビメレクに奪われ、いったん、彼の妻になった立場から、再び取りすという理が行われた。アブラハムは、このときも、サラと共に人類を象する男女の奴隷と、万物世界を象する財物を取りして出てきたのである(創二〇・1~16)。
それでは、アブラハムは、イサク祭をいかにささげたのだろうか。アブラハムはその絶的な信仰で、神のみ言にい、祝福の子として受けたイサクを燔祭としてささげるため殺そうとしたとき、神は彼を殺すなと命令されて「あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創二二12)と言われた。
神のみ旨にするアブラハムの心情や、その絶的な信仰と順と忠誠からなる行動は、に、彼をしてイサクを殺した立場に立たしめたので、イサクからサタンを分離させることができた。したがって、サタンが分離されたイサクは、に天の側に立つようになったので、神は彼を殺すなと言われたのである。「今知った」と言われた「今」という神のみ言には、アブラハムの象徴献祭の過ちにする叱責と、イサク祭の成功にする神の喜びとが、共に調されていることを、我は知らなければならない。
このように、アブラハムがイサク祭に成功することによって、アブラハムを中心とする復帰摂理は、イサクを通じて成し遂げていくようになっていたのであった。
アブラハムはこのようにイサクを再び神の側に分立させるための新たな理路程を出するために、モリヤ山上で彼を燔祭としてささげるまで、三日期間を費やした。ゆえに、この三日期間は、その後も引きいて新しい理路程を出するとき、サタン分立に必要な期間となったのである。ヤコブもハランからその家族を率いて、家庭的カナン復路程を出するとき、サタン分立の三日期間があった(創三一20~22)。モセも、エジプトからイスラエル民族を率いて民族的カナン復路程を出するとき、サタン分立の三日期間を過ぎたのちに、紅海に向かって出した(出エ八27~29)。イエスも的な世界的カナン復路程を出されるとき、サタン分立の墓中の三日期間があった。また、ヨシュアを中心とするイスラエル民族がカナン復するときも、本陣に先立って彼らを導く契約の箱が、サタン分立の三日路程を進んだのである(ヨシュア三1~6)。

③み旨から見たイサクの位置と彼の象徴献
アブラハムは、いったん、その「象徴献祭」に失敗したけれども、彼を中心として、「メシヤのための基台」をつくることができる原理的な件があったことにしては、に詳述した。しかし、予定論で明らかにしたように、自分の責任分担を果たせずに失敗した張本人であるアブラハムを中心としては、再び同じ理を繰り返すことはできなくなっている。したがって、神は「象徴献祭」で失敗したアブラハムを、失敗しなかった立場に立て、また、延長されなかった立場に立てなければならなかった。神はこのような目的のため、アブラハムに、イサクを燔祭としてささげよと命令されたのである(創二二2)。
神はアブラハムに「あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」と言われ、また、神は彼を外に連れだして、「天を仰いで、星をえることができるなら、えてみなさい……あなたの子孫はあのようになるでしょう」(創一五4、5)と言われて、イサクを通して選民を召命なさることを約束されたのである。
ゆえに、アブラハムが神の命令にって、その約束の子イサクを殺そうとした忠誠は、「象徴献祭」の失敗によってサタンの侵入を受けた自分自身を殺そうとしたのと同な立場をつくったのである。したがって、神がイサクを死んだ立場からよみがえらせたということは、アブラハム自身も、イサクと同じく、死んだ立場から侵入したサタンを分立すると同時に、再びよみがえったということを意味するのである。ゆえに、アブラハムはイサク祭で成功することにより、「象徴献祭」の失敗で侵入したサタンを分立し、み旨を中心としてイサクと一体不可分の立場に立つようになった。
このように、死んだ立場から共によみがえったイサクとアブラハムは、お互いに個体は違うが、み旨を中心として見れば一体であるので、アブラハムを中心とする理が延長されても、イサクがその理において成功すれば、この成功は、すなわち、イサクと一体であるアブラハムの成功ともなり得るのである。したがって、アブラハムが「象徴献祭」に失敗して、その理はアブラハムからイサクまで延長したけれども、み旨を中心として見れば、アブラハムは失敗せず、また、その理も延長されなかったのと同じことになったのである。
イサク祭のときのイサクの年は、明らかではない。しかし彼が燔祭の薪を背負って行ったばかりでなく(創二二6)、燔祭の小羊がないのを心配げに、それがどこにあるかと、彼の父親に尋ねてみているところから(創二二7)推測すると、彼はにみ旨が理解できる年になっていたことは明らかである。そこで、我はアブラハムが燔祭をささげるとき、イサク自身も、それを協助したのであろうということが推測できるのである。
このように、み旨にして物事の道理が分別できる程度の年になっていたイサクが、もしも、燔祭のために自分を殺そうとする父親に反抗したならば、神はそのイサク祭を受けたはずがないのである。ゆえに、アブラハムの忠誠と、それに劣らないイサクの忠誠とが合致して、イサク祭に成功し、サタンを分立することができたと見なければならない。したがって、祭を中心として、イサクとアブラハムとが共に死んだ立場からよみがえることによって、第一に、アブラハムは、「象徴献祭」の失敗によって侵入したサタンを分立し、失敗以前の立場に蕩減復して、その立場から自分の理的な使命をイサクにがせることができ、つぎにイサクにおいては、彼がみ旨の前に順に屈伏することにより、アブラハムからの使命を受けぎ、「象徴献祭」をささげるための信仰を立てることができたのである。
このように、アブラハムの使命がイサクの方に移されたのち、「アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた」(創二二13)と記されているとおり、アブラハムは、イサクの代わりに神が準備された雄羊を燔祭としてささげた。これは、そのままイサクを中心として、「信仰基台」を復するためにささげられた「象徴献祭」となったのである。イサクが燔祭の薪を背負って行った事から見て、アブラハムが雄羊を燔祭としてささげるときにも、イサクが彼を協助したであろうことは推測するに難くない。したがって、アブラハムが雄羊を「象徴献祭」にささげたといっても、み旨から見れば彼と一体となって、彼の使命を承したイサク自身が、祭をした結果となるのである。このように、イサクは、アブラハムの使命を受けいで、彼の身代わりの立場で、「象徴献祭」に成功して、「信仰基台」を蕩減復したのである。

(二)体基台
このように、イサクは、アブラハムの代わりに、「信仰基台」を復する中心人物として、雄羊をもって「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげて、「信仰基台」を立てることができた。ゆえに、イサクを中心として、「メシヤのための基台」を立てるには、更に、彼の子エサウとヤコブとを、カインとアベルの立場に分立して、「祭」をささげ、「落性をぐための蕩減件」を立てて、「体基台」を完成しなければならなかった。
アブラハムが「象徴献祭」に失敗しなかったならば、イサクと彼の腹違いの兄イシマエルが、各、アベルとカインの立場に立って、カインとアベルが成就できなかった「落性をぐための蕩減件」を立てるべきであった。しかしアブラハムがその祭に失敗したので、神は彼の立場にイサクを身代わりに立たせ、イシマエルとイサクの立場には、各、エサウとヤコブを代わりに立たせて、彼らをして、「落性をぐための蕩減件」を立てるように、理されたのである。ゆえに、イサクを中心としたエサウとヤコブは、アダムを中心としたカインとアベルの立場であると同時に、ノアを中心としたセムとハムの立場でもあったのである。
長子エサウと次子ヤコブは、各サタンが侵入したアブラハムの最初の「象徴献祭」と、サタンを分立した二番目のイサク祭の象であり、また、彼らは、各カインとアベルの立場から、「祭」をしなければならないと善の表示体でもあった。エサウとヤコブが、胎ったというのは(創二五2223)、彼らが、各々悪と善の表示体に分立されたカインとアベルと同、相立する立場に立ったからである。また、神が、胎にいるときからヤコブを愛し、エサウを憎んだというのは(ロマ九1113)、彼らが各アベルとカインの立場で、に上述したような祭失敗を蕩減復しなければならない、善の表示的な存在であったからである。
エサウとヤコブが「祭」で、「落性をぐための蕩減件」を立てるためには、それに先立って、ヤコブがアベルの立場を蕩減復する件を立てなければならなかった。そこで、ヤコブは次のようにして、「祭」の中心人物であったアベルの立場を復するための蕩減件を立てて、「祭」をささげたのちに、アブラハムの「象徴献祭」の失敗による四〇〇年間の蕩減路程をむために、エジプトに入ったのである。
第一に、ヤコブは長子の嗣業を個人的に復するいで、勝利の件を立てなければならなかった。サタンは、神が創造された被造世界を、長子の立場から占有しているので、神は、次子の立場から、その長子の嗣業を取り返してくる理をなさるのである。神が長子を憎んで次子を愛した理由はここにある(マラキ一2、3)。しかるに、長子の嗣業を復しなければならない使命をもって胎から選ばれたヤコブは、次子の立場から、知を用いて、パンとレンズ豆のあつものをえて、エサウから長子の嗣業を奪ったのであるが(創二五34)、ヤコブは長子の嗣業を重んじてそれを復しようとしたので、神はイサクに彼を祝福させた(創二七27)。これに反してエサウは、それをパンとレンズ豆のあつものでってしまう程度にんじたので、彼を祝福なさらなかったのである。
第二に、ヤコブはサタン世界であるハランに行って、二十一年間苦しながら、家庭と財物とを中心に、長子の嗣業を復するいで勝利してカナンにってきたのである。
第三に、ヤコブは、ハランから神が約束されたカナンの地へってくるとき、ヤボクの河で、天使との組み打ちに勝利して、体で天使にする主管性を復したのである。ヤコブはこのようにして、ついに、アベルの立場を蕩減復し、「祭」のための中心人物となったのである。
これでエサウとヤコブは、神がアベルの祭を受けられるときの、カインとアベルの立場を確立したので、彼らが「落性をぐための蕩減件」を立てるには、エサウはヤコブを愛し、彼を仲保として立て、彼の主管を受ける立場で順に屈伏し、祝福を受けたヤコブから善を受けいで、善を繁殖する立場に立たなければならなかった。しかるに、事においても、エサウは、ヤコブがハランで二十一年間の苦役を終えて、天の側の妻子と財物とを得てカナンへってきたとき、彼を愛し、迎したので(創三三4)、彼らは「落性をぐための蕩減件」を立てることができたのである。このように、彼らは、アダムの家庭のカインとアベル、ノアの家庭のセムとハムが、「祭」に失敗したのを蕩減復することができたのである。このようにエサウとヤコブが「祭」に成功した結果、に、アダムの家庭から「体基台」を蕩減復するためにいてきた的な史路程を、アブラハムを中心とする復帰摂理路程の中で、イサクの家庭で初めて、これを的に蕩減復するようになったのである。
神はエサウを胎より憎んだとロマ書九章11節から13節までに記されているが、このように彼はヤコブに順に屈伏して、自分の責任分担を果たしたところから、復したカインの立場に立つようになり、ついに、神の愛を受けるようになった。したがって、神が彼を憎んだと記されているのは、ただ、彼が復帰摂理の蕩減件を立てていく過程において、サタンの側であるカインの立場であったために、憎しみを受けるべきその立場にあったということをこう表現されたものにすぎない。

(三)メシヤのための基台
アダムの家庭から立てようとした「メシヤのための基台」は、復帰摂理の中心人物たちが彼らの責任分担を全うできなかったので、三時代にわたって延長され、アブラハムにまで至ったのである。しかしながら、み旨を完成しなければならないアブラハムが、また「象徴献祭」に失敗したので、このみ旨は、更にイサクにまで延長された。ゆえに、イサクの家庭を中心として、「信仰基台」と「体基台」がつくられて、初めて「メシヤのための基台」が造成されたのである。したがって、メシヤは然、このときに降臨なさらなければならない。
ところで、我はここで、「メシヤのための基台」というものの性格を中心として見たとき、メシヤを迎えるためのこの基台の社的背景はどのようなものでなければならないかということを、知らなければならない。落人間が「メシヤのための基台」を立てるのは、にサタンを中心としてつくられた世界を、メシヤのための王に復できる基台をつくるためである。しかるに、アダムの家庭や、ノアの家庭を中心とした復帰摂理においては、その家庭に侵入できる他の家庭がなかったので、「メシヤのための家庭的な基台」さえできれば、その基台の上にメシヤは降臨されるようになっていた。しかしアブラハムの時代には、に、落人間たちがサタンを中心とする民族を形成してアブラハムの家庭と決していたので、そのとき「メシヤのための家庭的な基台」がつくられたとしても、その基台の上にすぐにメシヤが降臨なさるわけにはいかない。すなわち、この基台が、サタン世界と決できる民族的な版の上に立てられたのち、初めてメシヤを迎えることができるのである。したがって、アブラハムが「象徴献祭」に失敗せず、「祭」に成功して、「メシヤのための家庭的な基台」がつくられたとしても、その基台を中心としてその子孫がカナンの地で繁殖して、「メシヤのための民族的な基台」を造成するところまで行かないと、メシヤを迎えることはできなかったのである。
しかし、彼が「象徴献祭」に失敗したので、これにする罰として、「メシヤのための家庭的な基台」を造成したイサクの子孫たちは、故を離れて異邦のに入り、四〇〇年間を苦役しながら民族的な基台を立てて、再びカナンにってきたのちに初めて、「メシヤのための民族的な基台」がつくられるようになっていたのである。
それでは、アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって、その子孫に担われた蕩減路程は、だれから始まるようになったのだろうか。それは、イサクではなく、ヤコブから始まったのである。なぜならに詳論したように、すべての蕩減路程をむべき中心人物は、「祭」の中心であるアベル型の人物であるからである。したがって、アダムの家庭ではアベル、ノアの家庭ではハム、アブラハムの家庭ではイサク、そしてイサクの家庭ではヤコブが、各その家庭の蕩減路程をむべき中心人物であった。特に、ヤコブは「メシヤのための基台」の上に立ったアベル型の人物であったので、のちにメシヤがむベきサタン分立の典型路程を、先に見本としてまなければならなかったのである(後編第二章第一節)。ゆえにヤコブの家庭は、イサクの家庭を中心として立てられた「メシヤのための基台」の上で、アブラハムが犯した罪を担して、四〇〇年の蕩減路程をんだのである。ヤコブの家庭は、アブラハムを中心とする復帰摂理の目的を完成しなければならないので、イサクの家庭と同じ立場でこの蕩減路程を出するようになった。すなわち、イサクの家庭において、アベルの立場であるヤコブが、すべての蕩減路程をんだように、ヤコブの家庭においても、ヤコブの天の側の妻ラケルが生んだ子ヨセフが、先に、エジプトへ入り、その蕩減路程をんで、アベルの立場を確立しなければならなかったのである。ゆえに、ヨセフは彼の兄たちによって、エジプトにられ、三十でエジプトの理大臣になったのち、彼が幼いとき、天から夢で予示されたとおりになった(創三七5~11)。というのは、まずヤコブのサタン側の妻レアが生んだ腹違いの兄たちが、彼のところに行って屈伏することにより、子女が先に入って、エジプト路程をみ、つぎに、彼の父母が同じく、この路程の方に導かれた。このようにして、ヤコブの家庭は、将来、メシヤを迎えるための民族的蕩減路程を出したのである。
以上のように、イサクを中心とする理は、また、ヤコブを中心とする理路程へと延長されていった。しかし、ちょうど、アブラハムとイサクが、その個体は、各異なるが、み旨を中心として見るときには、一体であったように、ヤコブはイサクの家庭を中心として、「メシヤのための基台」を立てるべき「体基台」の中心人物として、アブラハムの犯した罪を担して、将来、「メシヤのための民族的な基台」を立てて、イサクの目的を、民族的に成就すべき蕩減路程を出したので、アブラハムとイサクとヤコブとは、お互いに、その個体は異なるが、み旨を中心にして見れば、みな一体であったのである。したがって、ヤコブの成功は、すなわち、イサクの成功であり、イサクの成功は、すなわち、アブラハムの成功になるのである。ゆえに、アブラハムを中心とした復帰摂理は、イサクとヤコブに延長されたけれども、み旨を中心として見れば、延長されずに、アブラハム一代で完成されたのと等しい結果となるのである。「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」(出エ三6)と言われたみ言は、正に、このような理路程に立脚してみるとき、彼らは三代でありながらも、み旨から見れば、一つの目的を共同して完成した祖先たちであるので、一代と等しいともいえるのである。、神は、ヤコブの家庭をしてサタン世界であるエジプトに入らしめて、四〇〇年間の苦役の道をませながら、に、アブラハムに祝福なさったみ言のように、選民として立てて、再び、カナンの地へってくるようになさったのち、「メシヤのための民族的な基台」をつくらせて、この基台の上に、メシヤを送って、復帰摂理を完遂しようとされたのである。
ゆえに、イサクの家庭を中心として立てられた「メシヤのための基台」は、結果的に見れば、「メシヤのための民族的な基台」をつくるための、蕩減路程の出基台となったのである。したがって、アダムからアブラハムに至る二〇〇〇年期間は、結果的に見れば、次の時代に「メシヤのための民族的な基台」を立てるための出基台を造成する期間となったのである。
アブラハムの「象徴献祭」の失敗による蕩減路程を担したヤコブは、天のみ旨のため、知をもってエサウから長子の嗣業を奪うというかたちで個人的ないに成功した。また、サタン世界であるハランに入って、彼の母の兄ラバンから長子の嗣業を家庭的に奪う二十一年間のいに勝利した。そして、彼がハランからカナンへる途中で、天使との組み打ちにも勝利して、人間始祖が落して以後、落人間として、初めて、天使にする主管性を復できる蕩減件を立てて、イスラエルという名前を受け、選民形成の基盤をつくったのである。
ヤコブは、このような路程をたどって、カナンへってきたのち、初めて、「落性をぐための蕩減件」を立てたので、サタンを屈伏させる典型路程において成功したのである。この典型路程にって、モセも、イエスもまれ、イスラエル民族も、また行かなければならなかった。ゆえに、イスラエル民族史は、サタンを民族的に屈伏させてきた典型路程の史料となるのである。イスラエル民族史が、復帰摂史の中心史料となる理由もここにあった。

(四)アブラハムを中心とする復帰摂理が我に見せてくれた
アブラハムを中心とする復帰摂理は、第一に、み旨成就にする神の予定がどんなものであるかを、我に見せてくれた。復帰摂理は、神の力によってのみ成就されるのでなく、人間の責任分担と一つになって初めて完成される。したがって、神は、アブラハムを呼んで、復帰摂理の目的を完成なさろうとされたが、彼が自分の責任分担を果たさなかったので、そのみ旨は、成就されなかったのである。
第二には、人間にする神の予定が、どのようなものであるかということを見せてくださった。神は、アブラハムを信仰の祖として予定なさったが、アブラハムが自分自身の責任分担を全うしなかったために、彼の使命は、イサクをて、ヤコブヘ移されたのである。
第三に、復帰摂理は、人間が自身の責任分担を果たさなかったとき、そのみ旨は、必然的に延長されると同時に、それを復するには、より大きなものでもって、蕩減件を立てなければならないということを見せてくださったのである。それゆえに、アブラハムにおいては、動物を供え物として完成されるはずのみ旨が、彼の過ちにより、愛イサクを供え物にささげて、初めて完成されるようになったのである。
第四に、供え物を裂くことにより、我も、各自を供え物として、善とに分立しなければならないということを見せてくださった。信仰生活は、自身を供え物の立場に立てておいて、善とに分立させ、神が喜ばれるいけにえの供え物としてささげる生活である。ゆえに、我が常に、神のみ旨を中心として、自身を善とに分立させないときには、そこにサタンの侵入できる件が成立するのである。